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【特集】変わる労働安全のアジェンダ
リスクマネジメントTODAY2024年5月号表紙

  1972年に労働安全衛生法が制定されて以降、労働災害は減少を続けてきた。死亡者数は高度経済成長真っただ中の1961年の6712人をピークにほぼ一貫して減り続け、2022年には774人と過去最小を記録している。工場や建築現場における安全に配慮した設備や運営、安全教育の充実などに伴い、深刻な災害を身近に体験したことのない世代が職場に増えたことで、1990年代以降は安全文化醸成の必要性が言われるようになった。そして近年では主にメンタルヘルスが重要課題とされ、従業員への健康投資を戦略的に行うことで生産性向上につなげる健康経営への取り組みも注目されている。

 一方で気になるデータもある。2022年の休業4日以上の死傷者数が、過去20年間で最高の13万2355人を記録したのである。もともと労働災害は零細企業や中小企業などで多く発生する傾向があり、現在も発生件数の6割近くを従業員50人未満の事業場が占める。しかし、2002年にはその割合は7割を超えていた。この10年ほどは9人以下の小規模事業場における災害が減少する一方で、50人以上で増加が目立つ。設備や教育がしっかりした企業では労働災害は比較的起きにくいといったこれまでの常識に、変化の兆しが見え始めているのである。
 こうした傾向を印象付ける事故も発生している。2023年9月、東京駅八重洲口で進む再開発の工事現場で、作業員2人が落下してきた鉄骨に巻き込まれて死亡した。首都東京の真ん中でスーパーゼネコンが施工する超大規模プロジェクトで一体何があったのか。鉄骨を支える土台部分の強度が足りなかった可能性があり、現在も警視庁による業務上過失致死傷での捜査が続いている。
 2024年2月にはスバルの矢島工場(群馬県太田市)で死亡事故が発生した。被害にあった男性従業員は、作業歴30年近いベテランだったが、1人でリモコンを使ってクレーンを操作していたところ、置かれていた金型が崩れてきて体を挟まれた。事故を受けてスバルは、安全確認のために群馬県にある3工場の操業を約2週間にわたって停止した。完成車メーカーの工場での死亡事故は異例だ。
 また、海外に目を向ければイーロン・マスクが率いるスペースXの工場で起きた労働事故を受け、米労働安全局が3600ドルの罰金を課した事例もある。従業員の告発を受けて検察官が調査したところ、安全プログラムや作業規則の不徹底などが確認された。同社では2014年以降、従業員が負傷する事故が少なくとも600件以上は発生しているとされる。宇宙開発事業を手がける世界最先端の企業においても、労働災害リスクの軽減は容易ではないことがわかる……